徐福=神武天皇

1 :日本@名無史さん:2015/01/13(火) 00:21:48.28 .net
中国のネット上で出回り続け、もやは中国人の中では定説になっているこの説について語りましょう

2 :日本@名無史さん:2015/01/13(火) 19:39:05.63

中国人のネトウヨはそんな事言ってるのかw

3 :日本@名無史さん:2015/01/14(水) 18:24:34.46 ID:WY+TqWvhb

>>1
日本では、徐福=饒速日

4 :日本@名無史さん:2015/01/14(水) 18:25:59.69 ID:WY+TqWvhb

神武天皇=崇神天皇

5 :日本@名無史さん:2015/01/14(水) 18:29:21.68 ID:WY+TqWvhb

仮に、神武が居たとしても
精々、2500年前・・
大国主・事代主の祖、クナト(国常立)大神の北陸〜出雲への移住(渡来)は、5000年前・・

6 :日本@名無史さん:2015/01/15(木) 00:02:17.54

まず中国人が神武天皇をどんな人物と考えているのかを知りたい。
記紀が成立したのが西暦700年代初め。
徐福はそれより九百数十年前の紀元前200年代後期の人物。
奈良時代の天皇は神武天皇から25、6世代ぐらい。
大和朝廷は紀元前後に始まる計算になる。
徐福=神武天皇だとして徐福の生きた時代から
大和朝廷が始まっているなら天皇家の系図があと十代ほど長くなろうし、
記紀は崇神天皇より前の天皇の業績や在位年数も詳細に記すのではなかろうか?
しかもなぜ記紀は神武天皇を大陸からの渡来人でなく
天孫降臨から数世代後の九州の豪族という設定として描いたのか?

7 :日本@名無史さん:2015/01/15(木) 20:42:24.85

神武天皇の諱がホホデミの命。
天火明命/彦火明命の別名が天火火出見命(ホホデミ)

神武天皇と良く似た動き方?をなさったのが、天火明命/彦火明命の直系の孫、天村雲命。
世代的には神武天皇と同じ。

家の歴代の当主が偉大な先祖の名跡を襲名することは現代にまで伝わる習俗。
天村雲命が先祖(じいさん)の名跡、火火出見命を襲名していたとしても何ら不思議ではないこと。
天村雲命。の別名が『位起命』
、、、大王の位を起こした貴人 の意味?
漏れ聞く秘口伝では、天村雲命は出雲族の多大な支援を承けて大倭国の初代大王に就かれた云々。

天村雲命。が神武天皇のモデルでは無かろうか?

8 :日本@名無史さん:2015/01/16(金) 07:55:17.82

ゾロアスター教の司祭だな。

9 :日本@名無史さん:2015/01/16(金) 21:31:15.56 ID:QjF1Q1/yD

>>7
火明命を祖とするのが尾張氏で、尾張氏の熱田神社社家は、安曇・海部・度会の渡来系の大綿津見の一族なので、天皇家と同族。
徐福=物部の部下の拙攻だろう。
要は、国譲り時の渡来・天照族側

10 :日本@名無史さん:2015/01/20(火) 09:07:52.59

こういうこと

「日本列島3人類集団の遺伝的近縁性」平成24年11月1日
東京大学大学院医学系研究科、総合研究大学院大学

その結果、アイヌ人と琉球人が遺伝的にもっとも近縁であり、両者の中間に位置する本土
人は、琉球人に次いでアイヌ人に近いことが示された。一方、本土人は集団としては韓国
人と同じクラスター(注2)に属することも分かった。
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_241101_j.html

遺伝子解析による日本民族と周辺の民族との近縁性

11 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 07:25:21.59

徐福は中国大陸から大勢の男女を連れてきたというから
日本列島に大きな変化(混血)をもたらした可能性はある。
徐福を弥生文化の創始者とか神話上の神、たとえば
大国主命や天之御中主神とか高皇産霊尊などと同一視する人もいる。
天皇家も中国か朝鮮から来た渡来人である可能性はあるけど
天皇家が弥生文化を日本にもたらしたかというとそうとも言えず、
こちらはむしろ弥生時代でも後期に登場した新興勢力だと思う。

12 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 07:42:28.91

天皇家は他人の家の話や神話を、そのまま盗んだだけだよ

「そんな事だから中華にやられる」
中国にも少数民族がいて、その人達の神話だった「勝てば官軍」みたいな話

現在、少数民族であって、太古の昔は中核を成していた、
官軍が、その少数民族の神話を、受け継いでいるか、吸収しただけの話

13 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 07:47:03.99

注意して「倣った」と書かれているから

14 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 07:58:30.92

調べないとダメなんだよ「倣う 倣った 意味」
それと他スレにも書いたはず

・勇者と偽勇者 アミバとかw
・それくらい俺にだって出来る

15 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 08:21:49.80

成り済ましのような者が跋扈している世の中、とくに日本
これでは「国」は良くならない

すべて出雲の話に繋がって来る
国、親神が出雲なら子供達も出雲

よくわからないけど、有名な話みたいだよw
ハナ ハト マメしか習ってない年寄りでも知ってる話

16 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 08:32:00.94

親亀 小亀

六角形?

17 :日本@名無史さん:2015/01/21(水) 08:42:57.09

もしかして>>1は頭良いの?

成り済まし 背乗りの話でしょ?

国を造った出雲 六角形 そのカメの背の上に

18 :日本@名無史さん:2015/01/23(金) 15:31:28.12

神武天皇の諡号は北魏の権臣で北斉神武皇帝高歓のパクリ

19 :日本@名無史さん:2015/01/23(金) 22:05:30.35 ID:6o0JVU8xW

>>18
天皇
神武
孝元
この辺全部、大陸からの引用だから、創作フィクションと古代歴史家は観てますね。

22 :日本@名無史さん:2015/01/24(土) 01:46:02.98

>>21続き
また、白兎は二回に渡り因幡に渡ろうと試みるが、一度目を和邇に阻まれ失敗したと言う。
司馬遷は史記の中で「徐福は一度目の渡航で蓬莱の探索に失敗し戻った際、大和邇(ワニ)に行く手を阻まれたと嘘をついた」
と記述しており、いずれも「和邇」が渡航を阻む内容になっている。
ここでいう「和邇」とは海人族の先住氏族「和邇氏」ではないか?と比定される。
事実、和邇氏とも繋がりがある海部氏が神主を務める元伊勢の籠神社には漢代に製作されたと学者が分析した銅鏡が神宝として伝わっており、
古代中国と出雲王朝を結ぶ航路の存在を示している。

また古事記では大国主命の兄弟は八十神(ヤソノカミ)とされ大国主命に先立って葦原中津国に渡ったと言う記述になっているが、
夏の後裔を名乗る苗族の神話によれば、兎王の先祖であるシユウは八十一人兄弟だったとされる。

これは出雲に降り立った大国主命に先立って八十(古代では「多くの」の意とされる)氏族が古代日本に渡った暗示だろう。
古事記の記述では大国主命の六代前は素戔嗚尊(スサノオ)であるが、素戔嗚尊とシユウも「武神」的性格、「製鉄(銅)」の暗示など非常に共通点が多い。
大陸と日本が氷河期の陸続きの時代から戦乱などがある度、多くの夏の末裔達が日本に渡っていたのだろう。
越、呉、紀(杞)など春秋戦国期の国名がそのまま古代日本の地名になっている事も、日本各地に兎を祭る神社がある事も決して偶然ではない。

「因幡の白兎説話」と「史記の徐福」の記述はこのように重複箇所が多く、古代出雲王朝と秦代(紀元前220年前後)の徐福(夏の末裔苗族に近い部族)の渡来を示す有力な手掛かりと言えるだろう。

21 :日本@名無史さん:2015/01/24(土) 01:24:21.72

徐福は神武ではなく、大国主命かホノニニギ、出雲王朝の蘇我氏の祖の誰かではないかと思われる。
学説ではあまり見かけた事がないが以下に根拠を述べる。

古事記の「因幡の白兎」と古代中国の司馬遷の史記や他の文献の徐福の記述にはかなりの共通項が認められる。

記紀においては編纂の指揮に当たった藤原不比等が藤原氏に不都合な箇所を意図的に改編をした形跡が複数箇所認められる。

特に国内豪族向けに編纂されたと言われる古事記にはおとぎ話のように寓話化された説話が多いが、
国書である古事記にわざわざ「おとぎ話」を載せると言う事は、
逆に寓話化せねばならなかった真実が眠っている暗示と読める。

そうした観点で「因幡の白兎」と司馬遷の「徐福記」を読むと非常に共通項が多い。「因幡の白兎」は天孫降臨以前の出雲族渡来の説話であったと解釈出来る。

まず「白兎」についてだが、方士であった徐福の先祖である徐氏は夏王朝の「兎」王の末裔だという。
兎王は「方士」の元祖と言われ「兎歩」という呪的歩法で黄河の氾濫を鎮めた等の伝説があるが、
その末裔とされる徐福もまた方士であったとされる。

「方士」とは今で言う風水士のような職能に携わる人の事で、鉄や銅は元より、当時不老不死の薬とされた水銀などの鉱物や薬草探索、
医術などを扱う職能であり、司馬遷はその徐福が三千人の男女を連れて旅だったと書いている。

これは「国土開発」「医者」「縁結び(三千人の男女)」などの多様な神格を持つ大国主命との共通点を示している。

20 :日本@名無史さん:2015/01/23(金) 22:07:37.21 ID:6o0JVU8xW

徐福渡来時に、既に、捏造ゴッドハンドを使っていたと考えるのが妥当。
稲荷山鉄剣から・・

23 :日本@名無史さん:2015/01/24(土) 10:37:46.65

>>21
それを言うなら「禹歩」で、それをしたのは「禹王」だろう。
「禹」は爬虫類で、「兎」は哺乳類だ。甲骨文字じゃ似ても似つかない文字だ。

>>22
「越(エツ)」と「越(コシ)」じゃ音が違う。「エツという中国語を日本語に翻訳してコシという地名を名付け、漢字が伝わってから再び越という字を当てた」とでも言いたいのだろうか。
兎を祭る神社があるのは偶然です。それぞれの神社のいわれを調べてみるといいでしょう。そもそも禹王はウサギじゃないです。

徐福を含む人たちが日本に青銅器や鉄器を伝えた可能性は否定できないが、徐福を大国主とするのには無理がある。
疑問を並べておこう。
どうして服装や髪型に関して秦のものが日本に全く残らなかったのか。
技術者層ならともかく、支配者層が秦の人間だったらそれが残るのではないか。
どうして徐福の名前が残らず「オオナムチ」という名前が残ったのか。
普通大陸から船出すれば九州に先に到着し、出雲に至るには対馬を通過しなければならないのになぜそこに定着しなかったのか。
海を渡って来たならば大国主よりも少名毘古那の方が適当ではないか。

24 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 10:46:46.41 ID:LZrEahPtt

>>22
そもそも、渡来の秦族の素戔嗚尊と捏造認めない、現在の渡来穂日の系譜を信じて居る時点で
戯言にしか成って無い点。
ユダヤ教発生のイスラム・キリスト教圏を観れば解るが
国譲りで、出雲・古神道・一族の系譜まで奪われ、生き残る為、必然と穂日の子筋にに成った先住一族は、後の姓を秦氏系統の洗礼名を名乗らされるのは
ごく自然な事。
神門・・シモン=シメオン族
島(島族)・・シマ(アシュ・キナ・ジム(シマ)ユダヤ)
島谷・・預言者シマヤ

25 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 13:56:45.55 ID:LZrEahPtt

東出雲の熊野大社司祭の向家旧家伝書
スサノオ×
クナト(国常立)大神○−八島篠−布葉之文字巧為の子
八束水臣津野−赤衾伊努意保須美比古佐倭気−八重波津身=事代主直系・・神門臣家は、国譲り以降・・千家家の穂日系譜入り。
深淵之水夜礼花−深淵之水夜礼花−淤美豆奴−天之冬衣−八重波津身=事代主直系・・向家・富家は、国譲り以降・・北島家の穂日系譜入り。
※八重波津身=事代主の子筋に・・−阿遅須枳高日子−鹽冶毘古能−初代神門臣家の速甕之建沢谷地乃身−甕主彦・・
※2八重波津身=事代主の子筋に・・−諏訪家の建御名方と登美(富)家
※3阿遅須枳高日子を櫛玉・出雲建子=伊勢津彦と南関東国造家が呼んでいるようで、鹽冶毘古能が長脛彦と言われて居たり、登美の姓なので、向家筋なのか不明。

神門臣家の子筋に・・阿多=木花知流比売−出雲(神門)振根−出雲(神門)伊賀曽熊−建部(武部)氏と出雲(神門)笠夜・・島津(志摩)国造家の島氏(斯摩宿禰)(志摩・司馬)[島族](古代南関東国造家の[三字以音]散自出雲)・母系神門臣家の武内宿禰。
※阿遅須枳高日子と宗像三女神の多岐理姫の子が鹽冶毘古能−神門臣家
※2阿遅須枳高日子の娘・・母系で鴨氏・三輪氏

向家・富家の子筋に・・飯入根。古代南関東国造家の[三字以音]散自出雲や蝦夷が居る。

26 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 14:30:06.22 ID:LZrEahPtt

※武内宿禰の父が、スサノオ(ニギハヤヒ・火明)と紀国造家の姫・山下影日売とあるが、実際は、五十猛と紀国造の母が、神門臣家の大屋姫との子なので、末代が蘇我を名乗ったようだ。

27 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 14:43:51.47 ID:LZrEahPtt

クナト大神から大国主・神門臣家と事代主・向家の分岐した代の共通の親神が・・布葉之文字巧為
神門臣家と宗像家の分岐した代の共通の親神が・・八束水臣津野

28 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 14:47:52.42 ID:LZrEahPtt

事代主=八重波津身の向家の旧家伝の系譜では、物部家・・海部家も神門臣家の分家と成っている。

29 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 14:53:01.48 ID:LZrEahPtt

>>28
母系で・・男系は、スサノオ=ニギハヤヒとニギハヤヒの子、五十猛の子。

30 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 14:58:18.68 ID:LZrEahPtt

ニギハヤヒの子・・物部家
五十猛の子・・海部家

神門氏 とは – コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E9%96%80%E6%B0%8F
豪族神門(かんど)氏が,その配下の人々を日置部・海部・鳥取部・神奴部等に編成して,杵築大神の祭料をととのえさせた。

31 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 15:12:49.80 ID:LZrEahPtt

八千矛=大国主の代に徐福(スサノオ)=ニギハヤヒが渡来し、部下が天皇家名代として穂日、天若日子が八千矛の出雲(出芽)に参事。
武力ではなく、対話姻戚で和解。
15代経て崇神天皇の時代・・出雲(神門)振根の代で、穂日の一族がニギハヤヒ軍を引き連れて、西出雲を攻撃。
西出雲地域・杵築大社を乗っ取る。
この長き期間の出来事を、国譲りとしている。

32 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 15:19:14.97 ID:LZrEahPtt

神武天皇が架空でなけねば
甕主彦の代辺りが、神武天皇兄弟の東征の時代に当たるようだ。

33 :日本@名無史さん:2015/01/26(月) 15:21:28.85 ID:LZrEahPtt

>>32もとい
神武天皇が架空でなければ
甕主彦の代辺りが、神武天皇兄弟の東征の時代に当たるようだ。

34 :日本@名無史さん:2015/02/04(水) 17:20:59.51

そもそも徐福なら身長は3mも無い。

35 :サガミハラハラ:2015/02/12(木) 07:13:08.86

神武天皇の即位はAD131年です。徐福はBC200年代ですから、年代のうえからみても神武が徐福であることはありません。

36 :大西秀宜:2015/02/13(金) 04:48:46.05

AKB48の岩田華怜と相思相愛で、安倍晋三に殺害予告し、日立製作所やAKSと訴訟中の反政府活動家、おーにっちゃんこと大西秀宜39歳です。
詳しくは大西秀宜「おおにしひでのぶ」かおーにっちゃんで検索してブログを読んでください。
私は現在、生活保護を受給して暮らしているのですが、JLDOGという組織からボンド攻撃をされて命が危険な状況です。
その為に、生活保護費では反政府活動費(AKBの岩田華怜や田野優花のイベント観覧等)が不足しています。
是非カンパをお願いしたいのでよろしくお願いします。
訴訟に必ず勝つので、もちろんその時にはお金はお返しします。

37 :日本@名無史さん:2015/02/13(金) 15:23:51.75

神が空から地上に降りた、あるいは海を渡ってきた
という神話は、神とされる人物が昔大陸からやってきた
ことを意味しているんだろう。
瓊瓊杵尊や素戔嗚尊、少彦名命は渡来人かもしれない。
しかし神武天皇や大国主命は先祖の神が日本に土着し
てから何世代か経っている。

38 :日本@名無史さん:2015/02/13(金) 20:14:58.85

>>37
天から神様が降りてきて居つく話なら世界中どこにでもある。

39 :日本@名無史さん:2015/02/13(金) 20:19:28.27

はいはい都合のよさそうな説を唱えて無理矢理結びつける手法ですね〜

44 :日本@名無史さん:2015/02/13(金) 21:07:06.99

>>38が良い事を言ってるよ

>天から神様が降りてきて居つく話なら世界中どこにでもある。

結果的に、すべて人間の話だったんだな〜
という事になるんだよ

48 :サガミハラハラ:2015/02/15(日) 12:34:43.81

徐福の墓、発見しました。橿原ではございませんよ。

49 :日本@名無史さん:2015/02/15(日) 13:07:32.21

まずは、中国における徐福の実在性を示して、
次に、考古学的に徐福のいた場所と同じ遺物が日本でもでるかどうか、
というステップを踏んでいかないと、妄想にしかならんだろうね

54 :日本@名無史さん:2015/02/22(日) 22:06:11.94

恐らくは徐福のほうが天孫降臨よりは前だろうけどなw

58 :日本@名無史さん:2015/03/08(日) 11:01:10.31

>>53
それは資料の信憑性によります。
史記は第一級資料なのです。

65 :日本@名無史さん:2015/03/12(木) 13:05:02.68 ID:ZCmGiLpqY

天皇家とは、渡来の天津神・物部一族の事。
徐福=饒速日が邇邇芸の兄神・・長兄なので、物部氏祖と成った様だ。

98 :日本@名無史さん:2015/07/20(月) 11:15:25.89

>>68
これで終了でしょ

139 :日本@名無史さん:2016/08/09(火) 17:08:52.63

沿海州以外は全部江南だと思ってるのか

181 :日本@名無史さん:2016/12/21(水) 07:50:48.17 ID:k2D8Ak6B0

稲荷山鉄剣に記された、代々杖刀人首(将軍)の家系であるタサキワケとは、
狭狭城山君の事であり、吉志氏の先祖の『五十狭茅宿禰』の事であるという事と、
藤原不比等がそれを湮滅し史実捏造した経緯↓

『「稲荷山鉄剣銘」が明かすワニノ臣(後の春日臣)の実像(7)
日本古代史の謎シリーズ 102 稲荷山鉄剣銘 5代タサキワケ』ナミオのブログ
http://ameblo.jp/egami-namio/entry-12074278240.html

吉志氏の先祖の『五十狭茅宿禰』こと狭狭城山君の四代目の子孫の伊賀彦譜が、神功皇后に、
仲哀天皇の船を止めてしまう大倉主という海神(龍神の類)を祖先神として祀って、
鎮めるように言われた人で、
この大倉主とは、天香具山命(高倉下)といって、父は須佐能男尊の子の饒速日尊で、
母は大国主神の娘で天道姫(台与・・・邪馬台国二代目女王)。
即ち吉志氏は卑弥呼の後に立った邪馬台国男王の血流。

『沙沙貴山君』【倭女王卑弥呼 発見なる!】
http://blog.livedoor.jp/nanamihantaro/archives/3608129.html

『第六十四話 仲哀天皇の船を止めた神』【剣根の古代史】
http://tsurugine.blog.fc2.com/blog-entry-68.html

283 :日本@名無史さん:2017/08/10(木) 07:40:13.52

日本書紀も古事記も、どっちも欽明天皇あたりまでは正確じゃないよ。
そして、欽明天皇以後の歴史は、日本書紀のほうが正確。
古事記はあくまで元明天皇におべっかを言うために書かれたものだからね。

300 :日本@名無史さん:2017/08/12(土) 01:42:33.51

餃子は春秋時代にはもう食べられていた事が分かっている。

水餃子だけじゃなく、鬲で蒸す蒸餃子も多かったと思われる。

527件をまとめました。
最新情報はこちら